一生HelloWorld

~無骨で狡猾な豚骨~

遅刻を完全撲滅させたたった一つの行動




月1回遅刻する遅刻魔が、遅刻癖を完全撲滅した方法たった一つの行動。

 

■ 結論


転職しました。

たったそれだけ

朝8時出社 → 朝10時出社 に

 

 

■ やる気がないなんて嘘八百

元々朝に弱く、入社したての会社でも遅刻を繰り返すなど典型的なダメ社員でした。

『遅刻をするのはやる気がないからだ』

上司に厳しく叱責されることもあり、内省しますが、自分としてはやる気に満ち溢れ、体力も身体的な健康状態も良好で、気持ちの面では何一つ気後れしていない、遅刻する理由が見い出せない状態でした。

 

それでも遅刻は繰り返され、目覚ましを3つも4つも用意したり、誰かにモーニングコールを頼んだりしました。

しかし結果は鳴かず飛ばずで、返って自責に駆られ

『自分は上司の言う通り、本当はやる気がないのではないか』

気持ちと実態との乖離に気持ちの整理が追い付かず、自責を繰り返し徐々に精神的な健康を損ねる日々を過ごしていました。

 

その後、別の理由でたまたま転職し、朝8時出社の会社から朝10時出社の会社で過ごす事になりました。

前職のこともあり、繰り返さないように頑張ろうとなんとか気持ちを整えましたが、遅刻癖の再発を酷く心配していました。

ところが朝10時出社に切り替えた途端、全く遅刻しなくなりました。

 

体力、健康状態はほぼ変わっておらず、起床は相変わらず辛いと感じますが、それでも全く遅刻しなくなったのです。

肝心の『やる気』は、前職の時と同等で大きな変化はありません。仕事へのモチベーションは、悪くいえばいつも通りです。

それにも関わらず全く遅刻をしなくなったのです。

 

月1回程度遅刻する遅刻魔だった自分ですが、半年以上経過した現在に一度も遅刻していません。

劇的に改善されました。

自分の寝坊の原因はやる気ではなかったのです。

 

 

■ まとめ

結果として寝坊癖を治すには、出社時間を変えることが答えでした。

出社時間を変える一つの方法として転職が考えられます。

 

『やる気がないからだ』なんてでたらめです。

元々やる気なんて気持ちですから、精神状態に依存しますので、脆弱な解決法だといえます。

 

後出しの答えではあるものの、自分の寝坊の原因はやる気ではありませんでした。

原因を根性論で強引に片付けるのではなく、自分の産まれ持った能力を観察し認め行動するのが大切だと分かりました。

 

ここまで読んで頂きありがとうございました。一つの参考になれば幸いです。

らーめんの味が分からない

東京には至るところにらーめん屋が立ち並ぶ。親の顔より見たかも知れない。

東京だけでなく地方でもだ。フランスの美の結晶であるルーブル美術館の前でも振る舞われている。日本だけでなく、世界中でもラーメンは食されている世界的食文化である。らーめんがこれほど普及しているのは、それ相応の需要の裏付けに他ならない。

つまりらーめんは世界中の人々に愛され、好まれ、求められ続けている。

 

 

しかし僕にはらーめんの良し悪しが分からない。

井戸端で近隣のらーめん店を格付けする会話に僕はついていけない。なぜなら、らーめんの良し悪しが分からないから。口を開けばすべてが薄っぺらく知ったかぶりをした発言になってしまう。二郎系、家系、大勝軒系。どれも横一列に思えてしまうなんともつまらない感覚を持っている。我ながらなんと哀れだろと思う。

 

らーめんの美味しさは青天井ではない。

どれも同じだけ美味しく、同じだけ美味しくない。らーめんの美味しさに限界を感じ、『らーめん』という檻の中で競い合う味に上限と下限を感じてしまっている。その檻の中で美味しさを競わせることに限りない抵抗さえ感じてしまっている。らーめん自体が特別美味しいとは思えないし、らーめんを好んで食べたいとも思えない。

『どこそこのらーめんは豚骨なのに嫌な臭みがなく、対して綺麗すぎず正面から応えるらーめんだ』『ゴマベースのスープに自家製の縮れ麺がよく絡み、辛子ネギの食感がバランスを支えている』

こんな本心から絞られた感想を評価する会話、僕にだってしたいと思える時があるのだ。

 

らーめんの味が分からない僕がいつもどうしているのか。

そうした周り話しを聞いて覚えてオウムの様にペラペラと喋るのだ。別にらーめんハラスメントだなどと叫ぶつもりもない。らーめんは人と人を繋ぐことだってある素晴らしい文化だし尊重もする。でも、らーめんが支配する局所的な食文化の世界では、そうやって周囲と協調して生き延びるしかないのだ。それはこれからも変わらず、そうやってて生きながらえ続けるだろう。きっと今後も。